「経理職として良い条件で転職するために、資格を取ろうと思いますが何が良いですか?」と質問されることがあります。
あなたの中途採用市場での評価を改善する限り、どんな資格を取っても良い。
答えは実はコレで、どんな資格を取ってもOKです。大事なのは、個人の知識とか資質とか=ファンダメンタルを改善するのではなく、評価=バリュエーションを改善する、というところです。資格は、特定の能力を持っていることを示すものですから、何であれ取得すれば、それなりにファンダメンタルを改善させます。ただ、評価されるのはその部分だけじゃないんです。
資格はたくさん持っているけれども、就職が全然うまくいかない人っていますよね。ファンダメンタルだけじゃ、採用には結びつかない。これが現実です。
資格頼みで採用されようというアプローチって、結構しんどいんです。だって、簿記2級合格者なんて、毎年3万人とか4万人くらいいるんですよ。一方、日本の新規法人設立数は、せいぜい年間で12万社とか13万社くらいです。従業員2名の零細企業に簿記2級持ってるんで採用してくださいって言っても、ニーズがないですよね。
いくら世の中に会社がたくさんあるって言っても、転職を通じた待遇やキャリアの改善を目指そうとするのであれば、資格だけじゃどうやっても他の候補者とバッティングします。経理業界に関して言うと、パイの大きさ以上に、資格取得者の数は増えてきているという点は、知っておくと良いと思います。
さて、では、バリュエーション=評価を改善する資格というのは、具体的には何を意味するのでしょうか?
それは、その資格を取ることで、今まで以上に「この人を採用することで、会社にとってメリットがある」ように見える資格のことです。これが簡単なようで難しいんですよ。
何が評価をを改善させるかは、会社の属性やあなたの属性により異なる。
例えば、あなたに3年程度の経理の実務経験があったとして、仕事をしながら税理士試験の簿記論、財務諸表論、法人税法、所得税法に受かったとします。これはどうでしょうか?国税3法のうち、法人税・所得税の両方を取ってくるわけですから、意識も知識もかなり高いレベルです。4科目合格者が会社に入ってくることは、会社にとってメリットが増えると言えるでしょうか?
答えは「これだけではわからない」です。
自分で例を挙げておいて恐縮ですが、前提条件が雑過ぎで、何とも言えないんです。すみませんね、雑で。
受けようとしている会社が小さい会社で、経営者が長く働いて欲しいと考えているならば、「あとひとつ合格したら辞めちゃうかも」と不安を抱かせる可能性があります。せっかく採用したのにすぐに辞めてしまうかもしれないという状況は、会社にとってはマイナスです。
つまり、こういう会社にとっては、税理士試験4科目合格というのは、バリュエーションを改善するどころか、悪化させる効果を持ちます。入社後に会社にもたらすであろう利益と、退職してしまった場合の採用や教育コストなどを比較してマイナスとして見られるわけです。
このように、どんなに良い資格を取っても、オーバースペックで「すぐ辞めるかも」と判断されて、それがネックになるのであればバリュエーションは改善しないんです。これは、企業が候補者を評価するうえで、長期の時間軸が重視されるケースです。
一方、日本に進出してきたばかりの外資系の会社とか、少数精鋭でどうにか回して行かないといけないような会社が相手であれば、別の展開が考えられます。実務経験があって法人税・所得税の両方がわかるというのは、かなり便利な人材です。何でもやってくれるバックオフィス担当として、高く評価される可能性があります。
こういう会社は、その時々で必要な人材を外部から調達してくれば良いという考え方なので、「辞めてしまったらそれはそのとき」と、お気楽です。こういう場合、将来の退職リスクはあまりマイナスにならず、能力の部分を比較的素直に評価してもらえます。むしろ、税理士より安い給料で税理士並みの働きをしてくれるのであれば、お買い得人材と認識されることも多いでしょう。これは、比較的短期的な目線でバリュエーションが行われるケースです。
その資格が評価改善に結びつくかは「どう説明できるか」で決まる。
さて、今度は別の例で考えましょう。あなたは中小のIT企業で経理実務をする入社3年目です。年収は税込の額面ベースで320万円です。社員数は30人で、システム開発の受託をしている部署と、自社開発の営業支援アプリの製造販売の部署があります。あなたは、この会社で月に1度くる税理士さんの指導を受けながら、会計システムに日々のデータを入力したり、営業の交通費の精算をしたり、ネットバンキングで支払のデータを起こしたりという仕事をしています。備品の購入や来客時の対応など総務的な仕事を手伝うこともあります。今のところ、典型的な第4階層(総務課員)の仕事をしています。(第4階層とは?:経理職にあるカースト(階層)について)
社内を見ていると、ごく数名の優秀な人が会社を支えているように見えてきまして、自分も何か専門性を身に付けた方が良いような気がしてきて、とりあえず簿記3級を取ってみました。
さて、今回のケースで転職活動を始める場合、簿記3級を持っていることは「採用する会社にとってのメリットを増やす」ことになるでしょうか?
答えは「これだけではわからない」です。
おい、白賀、読者をバカにしてんのか?あ?
いや、ホント、冗談抜きで、これだけじゃわからないんですよ。説明の仕方次第なんです。おそらく、ただ履歴書の保有資格欄に書いてあるだけだと、何も説明しなければ、プラスにもマイナスにもなりません。簿記3級自体は、そのくらい「空気」です。仕事時間以外に、仕事のための時間を多少使える人であるということがそこはかとなく伝わるくらいです。
とは言え、胸を張って言えるほどの難易度の資格ではありません。おそらく、簿記3級を持っていなくても、普段の仕事はできます。さあ、どうやって説明しましょうか。
皆様を代表して、私が説明を用意してみました。
A.「自分がやっている仕事についてちゃんと理解しておきたいと思ったので、仕事外の時間を使って簿記3級を取りました」
B.「月1回税理士の先生が会社にきて、この科目が違うとか、そういう指摘をして帰るんです。毎月1時間くらいで毎月1万円取られているんですけれども、科目の修正くらいしか指摘しないのに1万円も取られるのはもったいないと思ったので、基礎知識をつけるために簿記3級を取りました。この効果は分かりやすく出まして、明らかに指摘が減ったので、来社の頻度を3ヶ月に1度に減らしてもらおうと社長と相談をしています。気持ちとしては税金とかの申告書作成の報酬もかなり高いので自分でできるようになりたいんですが、勉強することがあまりに多くて時間がかかり過ぎるので、税金については、今のところは税理士の先生にお任せですね。」
さあ、どっちが良い評価を得られそうですか?
Aの説明からは、真面目な性格が伝わってきます。きっとどんな仕事をお願いしても、きちんとやってくれそうな感じがします。個人的には、こういう説明をする人、嫌いじゃないです。基礎を大事にする人っぽいし、なんとなくプロ意識も高そうなので、良い経理屋になりそうです。同じ経理屋として、仲良くなれそうです。でも、客観的には、Bの説明をする人の方が高い評価を得ます。なぜでしょうか?
会社の利益にフォーカスした説明ができる人は、高い評価を得ることができる。
先ほどの例では、いずれの説明をしたところで、知識レベルとしては、ただの簿記3級合格者レベルです。ただ、Bで説明したような背景があっての簿記3級は「費用対効果を踏まえたコスト削減の施策の一環」という映り方になるんです。
1.余計な費用をできるだけ減らしたいという問題意識を持っている。
2.科目誤りの修正に費用が掛かっているという事実に気が付く。
3.簿記3級を取れば、科目のミスは減るかもしれないと仮設を立て、実行する。
4.結果、科目誤りが実際に減り、税理士先生の来社頻度を下げることを提案。
ただの簿記3級の取得でしたが、その前後に、少なくともこれだけのプロセスがあるわけです。流行りのPDCAってヤツですよね、これ。
簿記の知識レベルの高低はさておき、こういう人がいたら、会社の長期的な利益に貢献しそうな感じがしますよね。「自分が仕事の内容を正しく理解しておきたい」という自分中心の説明よりも、わかりやすく会社に利益をもたらしてくれそうですよね。だから、バリュエーションで高く評価されるんです。会社の目線で説明できるかどうか。とにかく、重要なのはこの部分です。
年収を上げたいだけなら、必ずしも難しい資格は必要ない。
さて、簿記3級についての説明方法のイメージはつきました。とは言え、所詮簿記3級です。もう少し良い条件で転職するために、補強したいところですね。次は何を取りましょうか。
A.ITパスポート
B.簿記2級
C.衛生管理者
私なら、この条件であればCの衛生管理者を取ります。
経理業界ナビのくせに簿記2級を勧めないとは何事かと。以前の記事で簿記2級を勧めていたのに何を今さら違う資格を進めてくるのは何事かと。っていうか、以前の記事(経理職の転職で役に立つ資格・スキルとは)で中小企業ならFASSと簿記2級がオススメって書いてたじゃないかと。
ええ、気持ちはわかります。「スキル」としては、簿記2級くらいの知識を持ってれば十分重宝されるレベルですよと、そういう知識・資質=ファンダメンタルの話をしていたんです。でも、評価=バリュエーションというのは、今までとこれからをつなぐ線で会社目線で考えなきゃいけないんです。この条件なら、というか、第4階層の総務課員なら、断然、衛生管理者が説明しやすいんですよ。残念ながら、現実的には。
私なら、こう説明します。
「最近会社の業績が良くて、積極的に中途を採用していたんです。社員が増えると適用される法律が増えるとは聞いていまして、いろいろ調べていくうちに、50人を超えると衛生管理者が必要とわかったので、近いうちに役に立つだろうと思って取りました。総務的な仕事のなかでも、メールサーバの管理とかは得意な人が社内にいたので自分がゼロから勉強しても会社全体でのメリットは少ないと思ったんですが、こういう法規制関係などは、社内で対応できそうな人があまりいなかったので、自分が積極的に引き受けるようにした方が良いなと考えて、優先的に準備を進めました。」
簿記3級も衛生管理者も試験自体はそれほど難しくないわけです。でも、こうやって会社のリソースを考えながら、自分が社内で引き受けるべき仕事を理解して、優先順位をつけて計画的に準備をしてるという説明をされると、なんだか優秀な感じがしてきますよね。将来会社がどう成長していくかわからなくても、先回りをして必要な手を打ってくれそうな気がしてきますよね。変に小難しい資格を持っていて凝り固まってしまっている人よりも、よっぽど会社のためになりそうな感じがしてきませんか?ただの経理屋ではなく、会社の目線で、経営に近い発想ができている感じがしてきませんか?
資格は、自分が会社に対してどういう貢献ができるかを示すためのツールです。知識があることを示すだけではなく、どんな使い方をしても良いんです。
資格自体がそのままダイレクトに会社への貢献に結び付くことは、ないことはありませんが、レアケースです。あっても、合格者は日本中に山ほどいますから、それだけでは一本釣りにはなりません。「とにかく忙しすぎて人員補充をしたい」というだけの会社が相手であれば、資格なんてなくても、実務経験者の方が手が速い分、評価されがちです。
実務経験があって、資格があればその分評価されるか?一般論としては正しいことが多いです。少し背伸びした仕事を担当できる可能性は広がります。でも、資格による知識面だけを頼りにするだけでは、まだまだ他の候補者に埋もれます。平凡です。
とにかく転職して待遇を改善させたいということであれば、まずは、会社への貢献を示せるようなストーリーを考えるんです。そして、それに合わせて一番簡単に取れる資格を狙っていけばいいんです。そこでは、必ずしも「専門性」だけが武器になるわけではなく、「会社に必要なことを、何でもやる」というのは、十分強力な武器なんです。
こんな感じで一発転職して、2社目にいる間に英語でも勉強しておけば、キャリアのスタートが仮に事務員だったとしても、3社目では外資の日本進出時のスタートアップメンバーに潜り込んで年収が3倍になりましたとか、そういう話はいくらでもあるんです。
ちなみに、先ほどの例でITパスポートを取る場合はどう説明しましょうか。頭の体操だと思って、ちょっと考えてみましょう。
私ならこう説明します。
「勤めていたのは小さな会社ですが、ごく数名の優秀なエンジニアの人が会社を支えているように感じました。どうしてもそういう人には仕事が集中してしまうようで、社内のメールサーバの管理とかIP電話の管理とか、そういう内向けの仕事まで担当して忙しい状態が続いるように見えました。ただ、本来、そういう人は会社の製品づくりだとか、お客さんとの打ち合わせに同席したりだとか、そういう利益につながる仕事に集中した方が、全社でのメリットがあると思うんです。そこで、少しでも内向けの仕事を自分が担当できるようにと勉強を続けていました。」
先ほどの例よりはちょっと弱いかもしれませんね。「他にITに詳しい人がいそうな環境のなかで、ズブの素人がイチからITの勉強することの非効率さ」がそこはかとなく漂います。とは言え、それなりに納得感はありますよね。会社の役に立つことにフォーカスしている感じは、最低限、伝わりますよね。
簿記2級を取る場合はどういう説明をするか、みなさんも少し考えてみてください。
事業拡大にともない銀行からの外部借入がそろそろ発生しそうで、銀行に毎月説明しないといけなそうで、、、とか?
会社のなかで部門が分かれてきて、それぞれの部門での収益をちゃんと見ていこうとしたら、もう少し体系的な知識が必要だと思って、、、とか?
3級を取ったら面白かったので、2級まで取ってみようと思いまして、なんて言わないですよね?言っても良いですが、それだけで完結させない方が良いということは、みなさんもうご理解いただけたかと思います。
どんな資格が評価されやすいか?にはある程度傾向がある。
いろいろとここまで書いてきましたが、会社で経理の仕事をする上で、船舶免許とか持っていても、さすがにそれは採用には結びつきにくいですよね。どんな説明をするにしても、やはり、ある程度業務との関連性というのが必要になってくるんです。
だからこそ、中途採用の市場において、どういう資格を保有している人が「よりウケが良いか」という市場調査をしておくことは非常に重要です。
これについては、以前の記事(経理職として、どのようなスキルを身に付けるべきか?)にて詳しく説明をしていますので、もう一度読み直しておいていただければと思います。機械的に判定してくれるようなツールが出てきたというのは、良い時代になったなと思います。
今日は長くなりましたが、これで。