転職希望者の市場価値はファンダメンタルとバリュエーションで決まる

中途採用の手続きは、投資意思決定プロセスに近似するという話を前回ご説明しました(「M&Aのプロセスを理解して転職活動を勝ち抜く」)。プロセスが同じなら、そこで使われる評価方法も似てくるであろうことは容易に想像ができますね。せっかく経理業界にいる(または経理業界を志す)のであれば、企業価値評価の考え方を勉強するつもりで、一緒に転職スキルも身に付けてしまいましょう。

会社の価値は、ファンダメンタルとバリュエーションで決まる。

会社の価値は、ファンダメンタルとバリュエーションで決まります。
これらが良ければ、株価が上がり、会社の時価総額は上がります。

ファンダメンタルというのは、例えば、EPS(1株あたり利益)とか、ROE(自己資本利益率)とか、営業利益率とか、基本的な財務数値などの基礎情報を意味します。一方、バリュエーションというのは、この業界ならPER(株価収益率:株価が利益の何倍か?という指標)はこのくらいだとか、このくらいのCAGR(年平均成長率)が見込めるならEBITDA倍率はこのくらいになるはずだ、とか、将来キャッシュフローの期待値等を含めた評価の部分、つまり、「で、結局いくらなの?」という価値算定の部分を意味します。

転職活動におけるファンダメンタルは、学歴、資格、TOEICの点数、職務経験内容、その他ビジネス上のスキルセットなど。

経理職の転職活動におけるファンダメンタルは、資格の有無や、職務経験の内容、TOEICの点数や、SPIのスコア、前職の会社名や、卒業大学などもここに含まれます。これらは、それぞれ良ければ良いほど、採用の確率は高まります。専門性を身に付けるために資格を取ろうという考え方は、転職活動を有利に進めるための、ファンダメンタルを改善するアプローチです。

ただ、これらファンダメンタルというのは、過去の実績や、今現在のスナップショットを示しているだけに過ぎません。これが、ファンダメンタルの落とし穴です。この点は、非常に重要です。ファンダメンタル自体が、将来性まで約束するわけではないというところが落とし穴です。

 転職活動におけるバリュエーションには、平均成長率などが使われる。

さきほど、ファンダメンタルが良い人は、採用されやすいと書きましたが、それだけでは決まりません。バリュエーションの概念が非常に重要です。

ここに候補者Aさんと、候補者Bさんがいるとします。いずれも、商学部を卒業して、上場企業の経理部で働く5年目です。そうですね、二人とも税務を担当しているとしましょうか。Aさんは、卒業後2年間かけて税理士試験に合格し、今の会社に入社しました。Bさんは、1浪1留で大学を卒業し、働きながら税理士試験を受け、2年前に、晴れて全科目に合格しました。

さて、この二人は、いずれも上場企業で丸4年の経理実務経験を持つ税理士となりました。この時点で、中途採用市場で上位1%に入るのが確実なくらいのハイスペック人材です。さて、この二人が同じ職務経験を持っていて、同じような職種に応募した場合、どちらが強いでしょうか?

最終的に採用されるのは、バリュエーションで高値を付けられる人材。

あえて書く必要までもないかもしれませんが、答えはBさんです。両方とも同じくらいのアピール能力があるとしたら、圧倒的な大差で、Bさんが勝ちます。なぜでしょうか?

それは「働きながらも要領よく知識をつけていくことができる」という切り口を付けることができるからです。仕事しながら税理士に受かるくらいことができるくらい要領の良い人だったら、将来、何をやらせても大丈夫そうですよね?大学卒業までには時間がかかっているかもしれないですが「あの頃はホント、本質を捉えずに効率の悪い勉強をしてたんですよねー。ルイ13世ってノートに10回くらい書くような勉強をしてましたね」とか、適当に笑い話でもしておけばそれで済みます。だって、ここ数年のパフォーマンスが「少なくとも今は改善されていること」を証明していますから。Bさんの方が、ハードな環境下でも成長が期待できるから、バリュエーションで高値が付きます。結果、同じ給料で雇うのであれば、Bさんの方が割安です。

もっと極端な例を挙げてみましょうか。

3浪して大学に入ったけど、学生時代に会計士試験に合格した新卒のCさんと、大学卒業して3年間資格浪人をして会計士試験に受かった既卒のDさんがいたとします。

これが一番わかりやすい事例かもしれないです。

これ、結構、えげつない差が付きますよ。Dさんはコミュニケーション能力に著しい問題がなければ、大手監査法人に入れる可能性が十分にあると思いますが、Dさんは、下手したら就職浪人になる可能性があります。なぜかでしょうか。

資格はファンダメンタルを改善させるが、バリュエーションの改善を約束しない。

バリュエーションは、今この瞬間という点ではなく、将来も含めた線で考えるからです。1年半とかで受かる人がワンサカいるなかで、3年間他に何もしないでようやく受かりましたって、もうその時点で効率悪いように見えちゃうじゃないですか。2年目は何をしていたのかと、それまでのやり方のマズさに気付くのがちょっと遅すぎませんかねとか、そういう目線で見られてしまうんです。残酷ですが。

もちろん、こんなのはいくらでも説明はできます。説明はできるんですけれども、やっぱり1年間とかでスパッと合格しちゃった人と比べると不利ですよ。

「自分は効率が悪いことがわかったので、高望みをせず実務をコツコツ積み上げて行きたいと思います」くらいのことを言って、「天狗になったり頭でっかちになったりしません宣言」を言うくらいの勇気が必要です。私ならあえて「合格して得たものは、プライドを捨てる勇気ですね」くらいのことを言って、事業会社で下積みをさせてもらって、そこから会計コンサル的な方向に流したり、上場前のベンチャーに会社が潰れるのを覚悟で転職したりして、別の道を探します。人生長いんですから、規模の大きな会社に行くのは、回り道をしてからでも良いんです。

これは別に会計士試験とか難関資格に限った話ではありません。経理職の実務屋が40歳過ぎてから簿記2級を取っても、中途採用市場では「お、おう。頑張ったな。」くらいのリアクションしかもらえません。40歳くらいの経理の実務屋であれば、言われるまでもなく簿記2級くらいの知識はあって当然とみなされるため、それ以外の「将来のパフォーマンスに影響を与えそうなストーリー」が見えてこなければ、そのままではバリュエーションに加味しようがないんです。

その人を採用することで、どれだけ会社に長期的な利益がもたらされるか?

中途採用の現場で、会社が応募者に対してバリュエーションを行う基準は、これです。逆に、これ以外ありません。

超絶ブラックな会社は「3ヶ月間だけ手を動かしてくれれば、後は辞めてくれていいや」という考え方で人を採ることもあります。ただ、経理業界ナビを見に来ている皆様は、そういう会社に入りたいわけではないですよね?

であれば、まずは「どんな人が会社に長期的な利益をもたらすか」これに焦点をあてて戦略を練りましょう。

けん玉で世界一の実力を持つ人が従業員にいたとしても、それが会社の利益に結びつかなければその会社の事業価値は変わりませんよね。仮にあなたがひよこの雄雌を見分けることができたとしても、経理屋として高値で取引してもらえなければ年収は改善しないし、良い条件で転職することもできないんです。

結局一番大事なのは、ファンダメンタルではなくてバリュエーション。年収を上げるにはやっぱり資格やスキルを身に付けないとダメかと思ったときには、今日の記事を思い出すようにしてくださいね。

投稿者:

白賀

30代。 経理職で転職を繰り返し、現在某社でファイナンスを担当しながら、非上場のスタートアップ会社でCFOを勤めています。

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